えんどう親父の模型語り2-4

マルサン倒産事件
この事件は私たち業者も寝耳に水の出来事でした。
新製品の出来も当初より格段の仕上がりで今後の期待が大いに待たれる時期、あまりにも突然の出来事でした。
将来同社がトップレベルの会社になったかは誰にも解りませんが少なくとも技術だけは着実にアップしていたと思います。
後日マルサンのトップなどからの情報を総合すると同社のメイン銀行とのトラブルで突然の取引停止によるものだったようです。細かいことは書けませんが何時の世にもある銀行の横暴な行為が引き金だったようです。ちなみにその銀行は関西系の大手都市銀行です。このような企業と銀行のトラブルは有名なトヨタ対某銀行の話など数えきれません。
ちなみに初期の頃、模型メーカーは、まだ銀行が金を貸しませんので、まず始めに新製品の企画やサンプルを模型問屋に持ち込み、そこでそのキットの注文をもらい、更にそれが出来たときの商品代金を手形でもらい、その手形を銀行に持ち込み換金し、その資金で金型や製品を作ったそうです。創業者の決意が想像するだけでも頭が下がります。・・ものすごい話でしょ。(当時模型業界のお金の面での序列は今の様に1番上はメーカー、2番目は問屋、こうゆう順番でなく1番目は問屋、2番目がメーカー、という位置ずけであったそうです。)
何時の世も日本の銀行は、新しいものに対する理解がなく厳しく対応していたようです。
続く

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この記事へのコメント

MG42
2006年10月04日 19:19
マルサンの倒産は、私にとっても非常に残念でした。
百式司偵やF86Dは、好きなキットでした。
とくにF86Dは、エンジンが内蔵されており、このエンジンを取り外して付属の台車に載せることができましたし、リアルなグランドクルーがついていたりで、当時としては珍しいほどの、豪華なキットでした。
マルサンの最高傑作のひとつですよ。
マルサン倒産後は、これらの金型はどうなってしまったのでしょう。
一部は、ブルマークやニチモ、その他あまり聞いたことのないメーカーに渡って一時期出回っていたようですが。

それから、初期のプラモデルメーカーの資金繰りは大変だったのですね。
買う側は、そんなウラの事情など知りませんから、このキットはカッコいいとか、ダサい(当時こんないいかたはしませんでしたが)、とか身勝手なことばかりいってしまいます。
貴重なお話を、ありがとうございました。
ピカピカ
2006年10月05日 14:17
ひとつ、質問をしていいですか。

日本のプラモデル黎明期において、かならず名前がでてくる新橋のステーションホビーというお店ですが、当時私は田舎にいたので行ったことがありません。
その後だいぶたってから、東京に出ることがあったので早速行ってみたのですが、店舗は見当たりませんでした。
閉店してしまったのですか。
遠藤様のブログでは、専門店のなかでも特別の存在ということが書かれていましたが、それは具体的にどういうことなのでしょうか。
タミヤ社長の本を読むと、当時日本に出回り始めた輸入キットを購入するため、わざわざ静岡から列車に乗って買いにいった、という話がありました。
どんなお店だったのか、教えていただけるとありがたいのですが。

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